akame  四万十の河口近くに住んでいた私は、ある日、運悪く漁師の網にかかってしまった。それから私と人間との付き合いが始まった。
 彼との付き合いは、もうかれこれ数年になるだろうか。
 数年前の初夏、ある田舎町の熱帯魚屋の小さな水槽で、例によってお得意の下向きのポーズで水中を漂っていた。その時、偶然そこに居合わせた彼の目と、私のルビー色の目がショートした。それ以来、彼は私の美しさの虜になったのである。彼は私を鑑賞するという。その代価として、水槽の水換えをし、餌を与えるという一連の行為に没頭する。私に言わせれば、彼は私に魅せられた単なる信奉者である。私の住まいの清掃をし、給仕を行う召使いである。
 
             
一応、皆さんに私の自己紹介をしよう。
 年齢は、不詳としておこう。我々には齢を数えるという風習はない。人間の暦で言えば、数年、といったところか。身長は30cm程度。まだまだひよっこである。性別も不詳。私の親戚にあたるシーパーチは、大きさがある程度になると、性転換するという特技をもつ。私自信は、いま、どっちなのか、将来変わりうるのか、わからない。すなわち、性を超越しているのである。我々の仲間に、色恋沙汰など無いのである。あるのは、ただ単に、食うか食われるか。大きなものが小さなものを食う。ただ食欲のみ。
     
そうそう、私のもっとも楽しみとするところは、皆さんの御想像通り、食事である。ただし、味わうということはない。腹がふくれればよい。満腹感こそ、我が人生で最も重要なことである。私の食欲は、召使いに言わせると、青天井だそうだ。しかし、私はただの大食漢ではない。食事の作法にはうるさいのである。ピラニアたちのように、肉に食いつき、食いちぎる、といった下品な食べ方はしない。上品に、一気に飲み込むのである。飲み込み方にも作法がある。極力、その餌食の頭部から飲み込むのである。これがなかなか難しいが、うまくいくと、つるりん、と、胃袋まで一息である。小赤なぞ、一回の食事で20匹はかるい。一口で飲み込めそうな大きさの魚は、すべて私のごちそうである。時には、私と同じくらいの長さのものにまで食欲をそそられることがある。この時こそ、飲み込み方、すなわち作法が重要となる。その魚のすべてではなく、一部、頭部のみでも口に入ればよい。頭部さえ飲み込めれば、後はこっちのものだ。少しずつ消化していき、少しずつ飲み込んでいけばよい。頭を飲み込み始めて、しっぽが完全に口中に収まるまで、長期戦となる。  
       
2〜3年前だったか、ひどい目に遭ったことがある。相手は、私の体長の半分はあろうかと思われるドンコであった。私の召使いが、活きのいいごちそうを、ということで、黒瀬川から掬ってきてくれた獲物である。そのむちむちとした魚体があまりにもおいしそうで、頭の中がパニックになってしまった。大事な作法をおろそかにしてしまった。しっぽから飲み込んでしまった。飲み込む瞬間、電撃のような痛みが体中を奔った。痛みのあまり、水中でもんどり返り、飛び跳ねてしまったので、水槽のふたが一瞬持ち上がり、大量の水が絨毯にこぼれてしまった。一瞬のことで、何事が起こったのか、まったくわからなかった。
       あとで考えてみると、こうである。飲み込まれる瞬間、餌食のドンコが胸びれを広げ、その広がったひれが、私の鰓に引っかかってしまった。ドンコの胸びれは、その下部はするどく棘の様になっており、この部分が私の口中から鰓の部分を通して、外部に貫通するように引っかかってしまったのである。さあ、困った。飲み込めない。ドンコも困った。とりあえず飲み込まれるのを防いだが、脱出もできない。両者引き分けである。
だから作法は大切なのだ。頭から飲み込むべきだったのだ。そのとき一瞬後悔したが、後悔しても始まらない。事態を好転させるにはどうすべきか?少ない脳味噌をフル回転させ考えた。一旦、吐き出すのがよいかもしれない。でも、胃袋はその案に反対しているようだ。たぶんドンコも考えていただろう。どうしたら脱出できるか?いっそのこと、飲み込まれた方が楽なのではないかと。でも、引っかかっているので、お互いに、にっちもさっちもいかなくなったのである。奇妙な平衡状態がそこにあった。
   
そうこうしているうちに、第三者である私の召使いが、事態をみかねて干渉してきた。とりあえず私を水槽から出し、どうにかしてドンコを引き離そうと考えたらしい。大きな網で私を掬いにかかった。助けてほしいのは山々であるが、網で掬われるのは本能的にいやである。網から逃れようと暴れているうちに、どうした拍子か、ドンコがするりと口から離れていった。よかった。こうしてとりあえず難問が解決した。次の瞬間、頭部を狙ったのは言うまでもない。胃袋は懲りないのである。
   
       
(ある“あかめ”の語録より抜粋  人間語訳;難波正幸)  
           
       

小赤ってなんですか?という質問にお答えします。(04.12.30)

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